西賀茂の弘法さん 神光院(じんこういん) Jinkoin Temple 天空仙人の神社仏閣めぐり
「山門」 | 「本堂」 |
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Sanmon | Hondo |
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「中興堂」 | 「中興堂」 |
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Chukodo | Chukodo |
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「連月庵」 | |
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Rengetsu-An | |
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「弘法大師像」 | 「きうり塚」 |
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Kobodaishi-Zou | Kiuri-Duka |
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「大聖不動明王像」 | 「神変大菩薩像」 |
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Daishou-Fudoumyououzou | Jinben-Daibosatsuzou |
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京都市北区西賀茂神光院町120
120,Nishigamo-Jinkoin-Cho,Kita-Ku,Kyoto
神光院 放光山と号する真言宗の寺である。 寺伝によれば、建保5年(1217)に上賀茂神社の神主、賀茂能久が、「霊光の照らし た地に一宇を建立せよ」との神託を受け、当寺を創建したと伝えられている。 寺名はこの由緒に因み、神光院と名づけられた。以後、密教の道場として栄えたが、天保 年間(1830〜43)に災火により堂宇を焼失した。明治11年(1878)、和田月 心により再興され、以後書院等が整備され、現在に至っている。 本堂に安置する弘法大師像は、大師が自ら刻んだものと伝え、「厄除大師」の名で知られ ている。寺宝としては、仏眼曼荼羅図(重要文化財)などの貴重な文化財を蔵している。 また、境内の茶室は、幕末の歌人大田垣蓮月尼が晩年隠棲していたところとして知られて いる。 京都市案内板より 三弘法まいり 三弘法とは、弘法大師空海とゆかりの深い、東寺、仁和寺、神光院の三つの寺のことを指します。 三弘法まいりと呼ばれる風習は江戸中期にはじまったとされ、三弘法を正月の三日間(松の内)にお参りすれば、 一年中の厄を逃れることができるとの信仰です。 また、弘法大師空海の縁日(毎月二十一日)に巡礼するという習わしもあります。 さらに、四国八十八ヶ所霊場に詣る人が道中安全の祈願を行う風習もありました。 東寺では管笠、仁和寺では金剛杖、神光院では納札箱を授かり、 それらを身につけて四国での遍路修行が行われていました。 お大師様は衆生救済を絶対の御願となされていました。 社会が混迷を深める現代、その御教えが人々に必要とされています。 今こそ、三弘法を巡拝し、お大師様の心と御教えに触れ、 そして「同行二人 お大師様がいつも一緒に歩んでくださっていること」を実感していただければ幸いです。 歴史と文化のかおり漂う京都の街で心を清めてください。 放光山 神光院 賀茂別雷神社(上賀茂神社)の神職松下能久が、「霊光の照らした地に一宇を建立せよ」との神託を受け、 建立されました。神光院という寺名はこの由緒によるものです。 弘法大師が42歳の夏に、修行を行った場所とされます。 修行を終え寺を去る際に、池に映る自身の姿を見ながら彫られた木像が、 当院の本尊であり「厄除け大師」として信仰されています。 毎年7月下旬には、弘法大師がキュウリに疫病を封じて 病気平癒を祈願したことにちなみ、 疫病よけの「きゅうり封じ」(きうり加持)が行われています。 三弘法まいり パンフレットより |
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