但馬国一宮 出石神社(いずし じんじゃ)       Izushi Jinja Shrine    14.Oct.2013   天空仙人の神社仏閣めぐり


但馬国一宮 出石神社
「但馬国一宮 出石神社」

但馬国一宮 出石神社 鳥居 写真 但馬国一宮 出石神社 写真
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但馬国一宮 出石神社 神門 写真 但馬国一宮 出石神社 拝殿 写真
「神門」「拝殿」
ShinmonHaiden
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但馬国一宮 出石神社 狛犬 写真 但馬国一宮 出石神社 狛犬 写真
「狛犬」「狛犬」
KomainuKomainu
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但馬国一宮 出石神社 絵馬 写真 但馬国一宮 出石神社 コウノトリ御守 写真
「絵馬」「コウノトリ御守」
EmaOmamori
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但馬国一宮 出石神社(いずし じんじゃ)

Izushi Jinja Shrine

兵庫県豊岡市出石町宮内99

99,Miyauchi,Izushi-Cho,Toyooka-Shi,Hyogo


出石神社

但馬は古代日本において他に類を見ない特徴的な祭祀伝承を有しております。その中心が出石神社であります。御祭神は新羅の国の王子天日槍命と伊豆志八前大神(八種の神宝)でございます。命は日本に渡来後、泥水が充満する当時の但馬の有様を御覧になって、円山川河口の岩石を切り開くことによって泥水を日本海へと流し、現在の肥沃な平野となった伝説があります。

又鉄の文化を大陸から伝えられ国土開発の祖神として、関係業界から崇敬を受けて居ります。神社の西方700mに鳥居という地名があります。昭和8年河川の改修で土中から鳥居の両柱の木口とその下から開元通宝などの古銭が多く出土しました。平安時代すでに、国内第一の霊社といわれた往時の様子を伝えるものです。尚日槍の子孫として多遅間守命(薬祖、中島神社御祭神)、仲哀天皇の妃神功皇后がおられます。

社頭 案内板より


但馬国一宮出石神社由緒

出石神社は、天日槍命が新羅の国よりお持ちになりました八種の神宝を出石八前大神として、また天日槍命の大御霊を御祭神として斎祀しています。

天日槍命は、古事記、日本書記ともに新羅国王の王子であり、日本に渡来されたとし、その事蹟は記紀のほか古語拾遺、播磨国風土記等にうかがうことができます。

八種の神宝は、古事記には珠二貫・振浪比礼・切浪比礼・振風比礼・切風比礼・奥津鏡・辺津鏡と記しています。

天日槍命のご子孫には、田道問守命や神功皇后があります。

神社の創立年代はあきらかではありませんが、社伝の一宮縁起には、谿羽道主命と多遅麻比那良岐と相謀り、天日槍命を祀ったと伝え、諸書によりますと、およそ千三百年前にはこの地で祭祀がおこなわれていたことがうかがわれます。

但馬の国一宮として当地では別名を一宮(いきゅう)さんの呼び親しまれています。天日槍命は泥海であった但馬を円山川河口の瀬戸・津居山の間の岩山を開いて濁流を日本海に流し、現在の豊沃な但馬平野を現出され、円山川の治水に、また殖産興業に功績を遣された神として尊崇を集めています。

現在の社殿は大正3年に再建され、透塀で囲まれた三間社流造の本殿、その前面に切妻造りの幣殿と祝詞殿があり、 拝殿は舞殿形式で入母屋造り平入りで藤戸をつり、正面には拝殿の屋根と独立した平唐破風出桁の向拝は他に類のない珍しい建築です。 神門は丹塗の八脚門で、数多くの蟇股を飾り、左右に連なる塀も丹塗りです。

境内東北隅に約六百坪の禁足地があり、老樹が生い茂り、入れば崇りがあるといわれています。

境内 案内板より


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