比叡山 延暦寺(えんりゃくじ) Hieizan Enryakuji Temple 1.NOV.2002 天空仙人の神社仏閣めぐり
「根本中堂」 | 「根本中堂」 |
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Konpon Chudo | Konpon Chudo |
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「法華総持院東塔」 | 「阿弥陀堂」 |
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Hokke-Sojiin-Todo | Amidado |
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「文殊楼」 | 「紅葉」 |
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Monjuro | Momiji |
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「絵馬」 | 「絵馬」 |
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Ema | Ema |
「横川中堂」 | 「横川中堂」 |
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Yokawa Chudo | Yokawa Chudo |
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「根本如法塔」 | |
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Konpon Nyohoto | |
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「四季講堂(元三大師堂)」 | 「四季講堂(元三大師堂)扁額」 |
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Ganzan-Daishido | Hengaku |
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「絵馬」 | 「大津絵の奉納額」 |
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「大津絵の奉納額」 | |
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「東塔 境内図」 |
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「西塔 境内図」 |
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「横川 境内図」 |
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Hieizan Enryakuji Temple
滋賀県大津市坂本本町4220
4220.Sakamoto-Honmachi,Ootsu-Shi,Shiga
TEL 077-578-0001
日本仏教の母山、霊峰比叡が、千二百年の時を超え、今世界の宝として光芒を放つ。 1994年12月、比叡山延暦寺は、ユネスコの世界遺産条約によって世界文化遺産として登録が認定された。 伝教大師最澄が山上に草庵を結んで以来、多くの高僧を輩出してきたこの緑の名峰に、 人類の生み出した偉大な文化としての輝かしい光が、千二百年の歴史を超えていま新たに煌めきはじめたのである。 比叡山には延暦寺という堂塔はない。比叡山そのものが延暦寺を表し、この山の自然、諸堂、そこに修行する人、訪れる人のすべてが僧伽を形づくる。 存在するものには皆、仏性があり、宗教、自然、文化、人間が渾然一体となって溶け合っていく。 太古の樹海に抱かれ、都人に「都の不二」と詠まれた秀麗な山容−−−。 いまなおその優美さは、そこに足を踏み入れたすべての人びとの心を打たずにはおかない。 世の中に山てふ山は多かれど 山とは比叡のみ山をぞいふ 慈円
東塔 比叡山三塔の中心で、延暦寺発祥の地。比叡山の総本堂である根本中堂をはじめ重要な堂塔が集まっている。 根本中堂 比叡山第一の仏堂で、宗祖伝教大師が延暦7年(788)に一乗止観院として創建したもの。 伝教大師が自ら刻んだといわれる秘仏薬師如来がまつられ、宝前には開創以来の“不滅の法灯“が1200年の時を越えて輝き続けている。 戒壇院 天台宗の僧侶が受戒する重要なお堂。伝教大師の入寂後に建立の勅許がおり、第一世座主義真のとき、天長5年(828)に創建された。 内陣には、釈迦如来座像と文殊、弥勒両菩薩がまつられている。 大講堂 5年に一度の法華大会(広学竪義)をはじめ、経典の講義などが行われる学問修行の道場。 現在の建物は、昭和31年の焼失後に、坂本にあった讃仏堂を移築したものである。 法華総持院。阿弥陀堂 伝教大師により計画され、貞観4年(862)、慈覚大師円仁によって創建された天台密教の根本道場。 信長の焼討後400年、昭和62年に復元再建された。東塔、灌項堂、寂光堂を総称して法華総持院という。 阿弥陀堂は昭和12年に建立された先祖、故人の供養をするお堂で、毎日回向法要かなされている、 国宝殿 延暦寺が有する国宝・重要文化財の他、全国各地で秘蔵されていた貴重な宝物など、比叡山の歴史を語る上に欠かせない数々の寺宝を一堂に集め、奉安している。 平成4年に横川の秘宝館より移管、開設された。
横川 西塔よりさらに北へ4km、昔日の面影を今に残す聖地。中心堂宇の横川中堂は慈覚大師円仁により開創された。 横川中堂 横川の中心となる建物で、首楞厳院(しゅりょうごんいん)と呼ばれる。848年(嘉祥元)、慈覚大師円仁によって開創された。 昭和17年の落雷で全焼したが、昭和46年の伝教大師1150年大遠忌を記念して復元された。新西国霊場第18番の札所でもある。 恵心堂 「往生要集」を著わし、浄土教の素地をつくった恵心僧都源信が、はじめて念仏三味行を修した「念仏発祥の地」という石碑が建っている。 定光院 横川の最北、香芳谷にある。日蓮上人はここを住房として約12年問、修学・求道の日々を送った。 四季講堂(元三大師堂) 康保4年(967)、村上天皇の勅命により四季に法華経の講義を行ったので、この名がある。 天台宗中興の祖といわれる慈恵大師良源(元三大師)の住房の跡といわれる。 根本如法塔 慈覚大師円仁が、根本杉のほこらの中で始めた如法写経にちなむ。 塔中に数々の仏教経典を書写したものを納めて祈念し、長く後世に伝えるために安置している塔である。 現在の塔は大正14年(1925)に再興された。
西塔 東塔より北に1km、山上では最も古い建物の釈迦堂を中心に諸堂が点在。美しい中にも荘厳な雰囲気が漂う。 釈迦堂 西塔の中堂で、正式には転法輪堂という。 現在の建物は、信長の比叡山焼討ち後、秀吉が園城寺の弥勒堂を移して手を加えたもので、山上では最も古い。 本尊は伝教大師白作の釈迦如来立像で、堂の名前もこれに由来する。 にない堂 法華堂、常行堂という同じ形の二堂が、渡り廊下でつながっているので、俗に「弁慶のにない堂」と呼ばれる。 法華と念仏が一体であるという比叡山の教えを表わし、法華堂では法華三昧の、常行堂では常行三昧の修行がおこなわれる。 瑠璃堂 信長の焼討ちをのがれた唯一の建物。釈迦堂から西、黒谷道の途中にあり、本尊には薬師瑠璃光如来がまつられている。 三間四方の小さなお堂であるが、室町末期の建築様式をよく現在に伝えている。 浄土院 伝教大師のご廟所で、比叡山で最も清浄な聖域。弘仁13年(822)に入寂した大師は、この地に埋葬された。 ご廟を守る僧は侍真と称され、厳しく戒律を守り、12年間籠山の誓いをたてて行に励み、大師に仕える。 椿堂 にない堂の手前にある小さなお堂で、千手観音をまつる。聖徳太子が入山したおり、杖にしていた椿の枝をさして帰ったところ、 根をおろしてあたり一面に育ったというのが名前の由来。毎年4月に太子講を行なう。 延暦寺 しおり より |
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